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ブルー・ロージス

 2009-02-09
ブルーロージス


“人はそれぞれの価値観で生きている
その中でスムーズに成長できた人間は
その価値観から外れた人間がいったい何につまづき
何に傷つくのかわかりはしないだろう”




山岸凉子自選作品集の表題作ブルー・ロージス

テネシー・ウィリアムズ『ガラスの動物園』をモチーフに書かれた作品。
『ガラスの動物園』では、内向的な少女ローラが大事にしていたガラスのユニコーンの角を想い人であるジムに折られてしまう。


ユニコーンは角があるゆえ、他の馬とは馴染めず変わり者のレッテルを貼られる。

山岸凉子はその「ユニコーンの角」を、主人公が女性らしく振る舞えず異性とうまく付き合えない「コンプレックス」の象徴として引用している。
角があるゆえ、自分を愛せない
角があるゆえ、他人を愛せない


作品自体は婚期を逃しつつあるイラストレーター黎子が、和久と出会って別れるっていうごくありふれたストーリー。

結局黎子のコンプレックスは和久と出会うことで消えてなくなってしまう。
恋愛とは人格とそれにまつわる性別を肯定する行為だから。


「自信とは愛情だった」
人は自信を与えられたとき初めて自分を愛し、人間を愛せる。
ここらへんの描写はフロムの考えに近い。





そんで、「ユニコーンの角」はもう一つ意味がある。
イノセントの象徴。

コンプレックスがなくなると同時に黎子の作風も変わるのね。
以前までのユニセックスな絵が描けなくなってしまう。
才能というかイノセントの消滅。


なにか人間として未熟であるが故の才能ってあるじゃないですか。
時に才能と言っていいのかどうかよくわからん代物だけど
情愛なんて知らなくていい青ざめた超人的な力。


芸術とか音楽の才能がそういったイノセントさの上に成り立つものだとしたらユニコーンにはいつまでもユニコーンでいて欲しいかな。


最近気になるのは私に角はあるんだろうかってこと。



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