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延長線

 2009-05-26

大好きな友人がいるとして

その友人が幸せそうにしていると私もまぁ幸せである。
友人の幸せに物差しをあてて、どんどん線を延ばしていくとそのどこかに私の幸福があるのだ。


だけど、その延長線上のどこかにだれかの不幸が転がってる場合もある。


私や友人の幸福が見ず知らずの誰かの不幸に繋がっている。

試験に受かる人がいて落ちる人がいる。
勝負に勝つ人がいて負ける人がいる。
限定20個のものを取得できる人がいてそうでない人がいる。
すんごくよくあることで仕方のないことだ。


1人か2人くらいなら誰が泣いても自分と自分の知り合いの幸福を優先するかなぁ。わたしは。
仲間意識なのか保身なのかは知らないけど。
とりあえずよく知らない人への公平さのために仲の良い友人を切り捨てる配慮は残念ながらない。
そんで泣かされる側になると諦めてちがうところにいくか今度は相手の理不尽さを攻めるだろう。

もし仮に、嫌いな人の幸福が自分の大好きな人の不幸せに繋がるんだったら、そんなの排除しても構わないと思ってる。

そういう論理で生きている。これは自分でも残念だ。

でもねぇそんな不公平な気持ちを野放しにしないのが倫理観であって
1人か2人は平気でも、10人が泣くんだったら私は自分か自分の知り合いの幸せは手放してもいいかなと考え出す。
少なくとも、10人分の妬みと自分の幸福を天秤にかけるということをする。
そういうもんだろう。

倫理の根本は妬みであると仰ってたのはどなただったか。


まぁ、いいよ。人には人の価値観があって、考えがあって、属するものの中の小さな規律があって、信仰があって、それぞれの論理がある。


私の論理は誰かの論理と戦っても当たってもそれでいいんだ。
その場でなんとなく強い方が勝つんだろう。



ただ、倫理を振りかざされた時だけは勝たない。戦わない。
尻尾を巻いて逃げる。

そんな感じでいいかな。と最近は思ってる。





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