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一個体として

 2010-07-23
中学の時か高校の時か忘れたんだけど

社会科の男性教諭が職場結婚をして、目出度く子供が生まれましてね


そのころ世間では母親が我が子を虐待死させるニュースが流行っているわけです。今もそうだけどさ。


ある日の授業開始時に、彼は真剣な表情でだいたいこんな内容のことを言った。

「この中の大半の人は、将来、人の親になると思います。
今ニュースで児童虐待とかやっとるけど、だから言っておきたい。

僕も今、子育て中です。子育てって、本当にしんどい。夜泣きが止まらんかったり、そのたびに夜何回も起こされてあやして、すごく体力と精神力を消耗する。戦いみたいなもんですよ。

虐待は、僕も嫁さんも絶対にしない。しません。したくないと思ってます。
でも、ストレスを極限までため込むと、ついカッとなって、例え我が子でもそういう風になってしまう気持ちが今の僕には理解できます。

虐待をしてしまったことは許されないことだし、責任を取らんといけん。でも、同じような暴力に至る気持ちの要因は僕の中にもあるんです。僕だけじゃなくて誰にでも。
ニュースになってるような若い母親だけに起こりうるような特別なことじゃないんです。
ほんとうに誰にでも起こりうることなんです。だから、心の弱い人だけが虐待をするんじゃない。
みんなが弱い部分を持っとる。
支え合って育てていかんといけんのんよ。嫁さんにだけ育休取らせて任せっきりな僕が言うのもね、はばかられますが、とりあえず今、これを覚えておいて下さい。」




この発言は当時の私にはかなり強烈で、今でも思い出す。
収入とか生活とか将来のことを何も考えずにすぐ子供作って産んで最初は赤ちゃんをペットみたいに可愛いがるけど自我が芽生えてきたところで思い通りにならないし収入ないしどん詰まり!な馬鹿親だけが虐待という行為をするんだと思ってました。
当時の話ね!


これ「常に後ろめたさを持て」ってペシミズム的話じゃなくて、「弱さに対する想像力を持て」という話だったような気がします。


この話を書きたかったのはちょうど今日の朝虐待のニュースがあって思い出したのと同期の上司が悪しき体育会系的なアレでもう会社辞めるっていいだしたのといろいろタイミングがある。


弱いから悪い、辛抱強くなるように鍛えていこう。
じゃなくてさ
みんな「たぶん自分はどこかがすげー弱い。」っていう自覚とかそういう想像力があれば世の中うまくまわるのになぁ。そこ解決する社会システムじゃないといけないんだ本当は。

人生のベクトルとしては、強くあろうとするのが正しいと思うよ。もちろん。



人の弱さが許せない人は、自分の弱さも許せてないかそれとも見てないかのどっちかで

だいたいさースフィンクス宜しく人の一生を三つにわけたら、最初らへんと最後らへんなんて最弱もいいとこじゃん?
真ん中がそんなに強いっていったらそうでもないだろうに。いつどこでなにを傲ることがある。
うわー、人間ちっせぇーー。


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