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「在りし日」という言説と海にまつわる覚書 

 2011-02-26

1st.contact
-いちばん最初に見た景色を覚えているだろうか。

一度見たら忘れられないもの。
思考のすべてを惹きつけられるようで、実は強烈に思考を与えられるもの。
頭の底にふんわりと残っている幸せな楽曲の断片。
耳に飛び込んできて、一向に出ていく気配を見せない言葉。
べったりとこびりついた、奇妙な視覚情報。
照明の色。スモークのにおい。

もう一度、またもう一度、その実体を掴みたくて足を運ぶ。
掴めないから何度でも。増えていく荷物すら誇りに思い。


1st. impression
-いちばん最初に感じたことについて、今も考えることができるだろうか。

はじまりの手荷物は、過ぎた好奇心。興味。関心。それだけがイノセント。純粋。
すべての発端。
掻き立てられれば自ずと水を遣り、その感性に触れる。
感じなければ嫉妬の中に押し黙る。
いつか忘れると妄執の鬼になり、過信すれば悦となり、いつまでも泥濘で膝を温める。

失くさなければ、忘れなければ、ないがしろにしなければ、大事にしていれば、いつでも自由に辿ることのできる場所。
迷った時に、決断を下す場所。増えすぎた荷物を捨てるその判断材料。

*******************


大まかにいうと、
客は、「過去」と「現在」を比べる生き物で、
バンドは、「現在」と「未来」を比べる生き物なんだ。最近そう気づいた。
当たり前のことだと思う。

過去の姿を想起し、あるいは未来を匂わせるのは「現在」。だからこそのライヴ。
動くもの。生き物。ナマモノ。一つとして異なる瞬間の連続。

すべてが過去と異なり、すべてが未来ではないということを忘れない。
その時その時の感性を愛でる。センスに触れ、考えることをやめない。
たぶんそれが私の理想の人生なのだから。

自らの考えで歪めてしまったことも含めて、選び取ったすべてがその人の人生における真実であるということ。
わたしにはわたしの真実。
あなたにはあなたの真実。
そんな独我論を、確かめるのは迷路に入り込むようなもの。
だって私がこう思うように誰かがそう思うんでしょう。

“そんな事よりあの美々しく大胆なセンスが理解されているか?”

FatimaのMr.Imbalance44のこの一節は、時々思い出したように口にしようと思います。
自分で決めた真実に浸り、泥濘で膝を温めすぎないようにね。
やがてなにもかも行き止まりに突き当たるのだから。

そういえば、行き止まりと海は同義語なのだそうだ。
どんな陸地も、必ず歩くと海に辿り着く。人は海では生きられない。死の一種。

いつか海を見たときに、これまで自分が辿った道を忘れていない状況で、ああ、なんとなくひとつながりだな、と
思うことができるといいね。
そんな考えの内に昔を思い返すのも、未来を予想するのも、けっこう楽しいと思った。
砂浜がふわふわ。靴下の替えを忘れてがっかり。

これ晴れていれば最高の景色なんだけどなぁ。
se1.jpg



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